古絵葉書・生野鉱山本部

生野鉱山本部001
明治元年に日本初の官営鉱山となった生野銀山は明治22年に皇室財産へと移管されたあと、明治29年に三菱合資会社へと払い下げられました。この絵葉書は宛名面の切手貼りつけ部分に「44.11.11」の書き込みがあり、明治44年11月11日に入手した人が書きこんだものと思われますが、絵葉書自体も宛名面が明治末期から大正初期の様式を持っていますので、書き込みの年とほぼ同時期の撮影のものと思われます。
生野鉱山に関しては以前、明治16年から明治21年の間に撮影された生野鉱山局時代の古写真を紹介しています。
生野鉱山局遠景
背後の山や煙突、山の中腹にある煙突のある建物等を見比べると生野鉱山局の古写真よりも右側からの撮影であることが分かります。撮影から20年余り経った生野鉱山は一部変わっている箇所は見受けられるものの、ほぼ官営時代の姿を踏襲しているようです。
ただ、背後の山に関しては明治16年~明治21年の生野鉱山局時代より植生が戻ってきているように見えます。
20年の間に鉱害対策がなされたのでしょうか。

※関連記事・古写真・生野鉱山局(生野銀山)2枚(明治16年~明治21年撮影)
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