古絵葉書・軍事保護院(7枚セット)

軍事保護院001
軍事保護院は明治40年、日露戦争による傷痍軍人を収容する廃兵院を始まりとします。
当初は陸軍省管轄でしたが、大正12年に内務省へと移管。昭和9年に傷兵院と改称。
昭和12年には内務省から分離した厚生省へと移管され、昭和14には傷痍軍人のみならず戦没軍人遺家族・帰郷軍人扶助業務を一元化した軍事保護院が設立されました。
軍事保護院は傷痍軍人や戦病死した兵士の遺族や遺児を援助する互助会のような団体だったと思われます。
この軍事保護院が発行した絵葉書には団体の活動内容などが紹介されています。
続きを読むからご覧ください。
軍事保護院002
遺児の靖国神社参拝
戦病死した兵士が英霊として祀られている靖国神社へ子供たちが参拝する様子です。
軍事保護院003
育英寮
軍人の援助を目的とする軍人援護会が遺族のために建てた母子寮。
東京・大阪・京都にあったようです。
軍事保護院004
東京特設小学校教員養成所とあります。
軍事保護院009
奈良特設幼稚園保母養成所
これは、現在の奈良女子大学である奈良女子高等師範学校です。
保母養成学校ということは、遺族の妻を対象としたものなのでしょうか。
この本館の建物は現存し重要文化財に指定されています。
軍事保護院005
相談所と託児所。
生活のこととかを相談したカウンセラーでしょう。
軍事保護院006
東京特設中等教員養成所
学校の先生を要請する施設のようです。
軍事保護院007
東京に作られた母子寮。
軍事保護院008
こちらは職業訓練校のようです。

夫が戦死し、生活基盤を失った遺族の妻子に対して衣食住から就職そしてカウンセラーまで援助した団体が戦前に存在し、福祉面での援助が充実していたのは特筆すべきことです。
ただし、戦争末期には中々手が回らなかったと思います。
しかし、戦後もそのまま存続し遺族に対しての援護が続けられました。
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