10年目を迎えて。

当ブログ「まちかどの西洋館別館・古写真・古絵葉書展示室」が本日2016年3月4日で10年目を迎えました。
この10年目の記事で記事数は775となっております。
元々は私が訪問した近代建築を紹介したHP「まちかどの西洋館」(※現在休止中)内の「古写真・古絵葉書展示室」という1コーナーとして始めたのがきっかけでしたが、当時のHPのサーバー容量が50MBしかなく、今後増えていくであろう資料を収めていくにはとてもじゃないけど容量が足りないので、新たにブログを立ち上げそちらに分離独立させることにしました。

ブログへと移行して最初の記事は「古写真・福知山市修斉小学校」という記事です。
修斉小学校古写真
こちらは私の実家にあった古い写真で、祖父の弟の方が昭和8年に卒業した際のアルバムにあったもので、私の母校でもあった小学校です。
次の記事は「古写真・仙台陸軍教導学校」

仙台陸軍教導学校本館
祖父が陸軍時代に下士官となるため下士官養成学校である仙台陸軍教導学校へ入校した際のアルバムで、昭和15年のものです。
ブログ開始当初は元々のHPに掲載していた身内の資料などをブログに移行する作業がメインで、開設当日はほぼその資料で占められ、翌日から新しい資料を紹介し始めております。

この10年、多くのことがありました。
ブログ紹介サイトに取り上げられたり。
「大人のブログ探訪」
明治の建築物の修復作業に当ブログの資料を参考にしたいと大学教授から依頼が来たり。
辻紡績本館
※提供した辻紡績本館 現・日本写真印刷
上記を含めこの10年の間に大学・企業・自治体・テレビ番組・個人などさまざまな方から資料を使用したいと依頼が来て、多くの資料を提供し続けてきましたが、その中でもNHKの「ブラタモリ京都編」に提供し使用されたのは個人的にはうれしいものでした。
初代京都駅
※番組で使用された初代京都駅
また、京都市にある商業施設「COCON烏丸」のオープン10周年記念の企画で、元々の建物である丸紅京都支店の竣工記念本と新築記念絵葉書を企画会社に依頼され協力し、COCON烏丸内に大きなパネル展示をされ、来客者に好評を得たのも嬉しい出来事でした。
丸紅1

丸紅袋
※提供した丸紅京都支店の竣工記念本と竣工記念絵葉書セット
当ブログは私の個人的趣味で続けているものですが、微力ながら結果的に多くの方々に協力し役立つ結果になっていることは、当ブログを運営する大きな原動力ともなっております。

さて、この10年の間で家族として大きな出来事がありました。
祖父の他界です。
20060304151502.jpg
祖父は大正4年生まれ。青年学校を卒業後、志願兵として陸軍に入隊。地元の歩兵第20連隊で上等兵まで進級した後、昭和15年に仙台の下士官養成学校である陸軍教導学校へ入校。卒業後に帰還。戦時中は敦賀の連隊にいたそうです。
最終部隊は本土決戦に備え敦賀から渥美半島の守備隊として送られた第153師団(護京部隊)の歩兵第441連隊。
そこで連隊本部付の陸軍曹長として事務方をしていたようですが、祖父が言うには441連隊の兵士は平時なら徴兵免除されるような乙種丙種の方ばかりの寄せ集めだったと言います。
祖父はその渥美半島の地で玉音放送を聞き終戦を迎えたそうです。
20060305133042.jpg
子供のころから軍隊時代の話が好きだった私は祖父から当時の話をいろいろ聞きました。
戦車の車長として演習をしていた時の話や暗号の話。また軍隊の話だけでなく、地元に残る言い伝えや昔話も寝る前に何度も聞かされました。私の実家の村に伝わる昔話を知っているものはもう私だけかもしれません。
そして、子供のころから城が好きだった私は祖父の車で遠くではないですが近隣の城跡へも連れて行ってもらった思い出があります。
10年位前に祖父は脳梗塞で歩くのが困難となり、ほどなくして寝たきりに。
7年前の2009年1月2日。自宅の祖父母の部屋にて息を引き取りました。
正月ということもあり、家族や叔父たちも帰省して実家に来ていた中での自宅での他界。
これ以上ないくらいの理想的な幸せな死に方だったと思います。
日記1
祖父が他界してもう7年になりますが、実家には今でも祖父が軍隊時代に使用していた軍装品一式があり、私の手元には戦前当時の写真アルバム3冊と祖父が青年学校時代に書き残した昭和12年の日記、陸軍に入隊した間もないころの昭和14年の軍隊日記3冊が遺品として残されています。

この古写真・古絵葉書のブログを始めて10年。多くの資料を紹介し様々な人との交流がありました。
ブログとしては正直言って弱小の部類に入ります。カウンターの閲覧者数は1日平均50人前後。別ページに飛ぶたびにカウンターが回ることを考慮すると実際の閲覧者数は多くて20人弱でしょう。コメントはほぼありませんしブログ拍手すらめったに付かない。
それでもごくわずかでもブログが役に立ったという人、資料を使いたいという人がいる限りは続けていきたいですし、
私自身も主に郷土の資料を収集しそれを公開していきたいという昔からの望みを継続していくためできる限り当ブログを運営していきたいと思っておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。

管理人 べーさん
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