古写真・川口波止場

川口波止場001
大阪市西区川口地区にはかつて外国人居留地が存在しました。川口居留地と呼ばれる外国人街で明治元年に完成。それに先行する形で慶応4年に作られたのが川口波止場でした。
川口波止場は大阪の玄関口として安治川に開港された河川港で大阪に初めて作られた港であり、当時大阪港と言えば川口波止場を指しました。
黒船来航による日本の開国以来日本各地で開港されていきましたが、この川口波止場もその一つであり、現在「大阪開港の地」と刻まれた記念碑が建てられています。
川口波止場003
古写真の右上には「川口波戸 安治川ノ南岸ニ在リテ此所汽船発着ノ地ニシテ頗ル繁賑セリ」とキャプションがあり、写真には汽船が縦に並んで停泊している様子から大阪の玄関口としてかなりにぎわっていた様子がうかがえます。
大阪港の発祥となった川口波止場ですが、河川に作られた港であったことから次第に大型化する船舶の受け入れに支障をきたすようになり、明治30年頃から海に向かって新たな築港工事が開始。大阪港としての機能が海側に移ったことにより川口波止場は役割を終え衰退しました。
川口居留地004
以前紹介した川口居留地の古写真。
川口居留地は明治32年に廃止されたものの、街としての機能は衰退することなく発展し大正期まで大阪の中心であり続けました。
現在、川口波止場や川口居留地の面影は失われ、記念碑だけが残されています。

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