古絵葉書・二楽荘 

二楽荘001
二楽荘はかつて神戸市東灘区の六甲山の麓にあった西本願寺法主で伯爵の大谷光瑞の別邸でした。
大谷光瑞はシルクロード研究に大きな成果をもたらした大谷探検隊を結成したことでも有名です。
二楽荘は明治42年に完成。設計は友人で東洋美術や東洋建築に造詣の深い建築士・伊東忠太。
二楽荘は別邸としてだけではなく私塾や事務所・測候所・図書館まで設けられ大谷探検隊が持ち帰った文化財も展示され、半ば公的な施設だったようです。二楽荘は当時から有名だったようで、設計者の伊東忠太自身が新聞に連載したりしており、このような記念スタンプの押された絵葉書が発売されたのもうなずけます。
しかし、大谷探検隊や教団運営などの多額の負債と汚職事件により大谷光瑞は法主を辞任。その際に二楽荘は大谷探検隊のコレクションとともに大谷光瑞の手から離れ、大阪の実業家に売却。その頃の二楽荘は荒廃しかつての壮麗な姿からは見る影もない哀れな姿だったそうです。
大正7年、甲南中学の設立の際に二楽荘の建物を活用する案が持ち上がりましたが、結局立ち消えとなり、さらには昭和7年に不審火で焼失するという不幸ともいえる最期を遂げました。
現在、二楽荘跡地は宗教団体の施設の敷地となっています。
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