古絵葉書・福知山 岩沢堤

福知山 岩沢堤001
福知山市は江戸時代以前から由良川の氾濫による水害に会い続けた街でした。明治以降も水害の被害が続き、明治29年と明治40年の水害では由良川の堤防が決壊し大きな被害が出たため、由良川の氾濫に耐えうる近代的な堤防が必要となりました。
明治42年に完成した高さ11メートル長さ1200メートルの石張堤防は福知山大堤防と呼ばれ、建設に福知山出身の松村組創始者である松村雄吉が加わり、自らの工事の確かさを証明するため堤防を利用した自邸を建設しました。それが現在も残る旧松村邸です。
福知山大堤防は昭和2年の北丹後地震で亀裂が生じる被害が出たため大規模な改修が決定。当初は被災部分の修復程度の方針でしたが、当時の福知山町長が根本的な改修を国に要求し決定。堤防表面をコンクリートで覆いさらにはドイツ製のラルゼン型鋼矢板2600枚を堤防基部に打ち込むなど最新の工法で改修されました。この改修を手掛けたのが建設技官・岩沢忠恭。住民は親しみを込めて改修された堤防を「岩沢堤」と呼びました。
この絵葉書はセット絵葉書「福知山名所絵葉書」に収録されている1枚で、完成した岩沢堤が紹介されています。絵葉書のキャプションには「この堤防が完成以来浸水はあるが大きな被害は受けていない」とあります。
堤防上に建つ手前の大きな建物は現存し国指定登録文化財に指定されている芦田家住宅。元は福知山市の実業家、片岡家の別宅として大正15年に建設されたものです。
奥に見える橋は音無瀬橋。近代的な鉄筋コンクリート製の永久橋が完成したのは昭和6年。以後、1995年に現在の音無瀬橋に架け替えられるまで福知山市のシンボル的な橋でした。

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