番外編・冊子「代用食 芋と南瓜の上手な食べ方」昭和20年10月刊

去年の公開以来話題となり異例の大ヒットとなったアニメーション映画「この世界の片隅に」。
※公式サイト
広島市に生まれ呉市に嫁いだ主人公のすずの昭和8年から終戦後すぐまでを描いた作品で、私も拝見しましたが、よくある思想的・イデオロギー的な要素が強くなりがちな戦時中を描いた作品ではなく、戦時中であっても楽しいことや笑いがある日常、そしてその中で起こる悲しみなど戦時中の人々であっても現代と変わらない感情があったということを表現し、その中で平和の有り難さを伝えており、私自身素晴らしい作品だと感じることが出来ました。
ストーリーも見入るような内容で、最初は長いと思えた130分があっという間に感じました。
その作中の中で重要なテーマの一つだったのが食糧問題。呉市に嫁ぎ主婦として日々のメニューを限られた食料からいかにして考え家族に食わせるか苦心したシーンがたびたび登場しますが、見ているうちに戦争末期から終戦直後の昭和20年の食糧事情がどんなものだったのか興味が湧いてきました。
代用食
そして入手したのが昭和20年10月に出版された「代用食 芋と南瓜の上手な食べ方」。
私自身、祖父や祖母から戦時中の話はかなり多く聞いてきましたが、元々農家なため食料に関しては飢えるほどではなかったと聞いてました。(街から着物を持ってきて食料と交換して欲しいという人がたびたび来たくらいらしい。)
なので、祖父の軍隊時代の話は多く聞いていても食糧問題に関してはよく聞くような苦労話はあまり聞かなかったため、都会や街ではどうだったのかと知りたくなり、その一端としてこの資料を入手してみたわけです。
以下に中のページの一部を紹介してますので「続きを読む」より、ご覧ください。
代用食001
※以下の画像はクリックすることで拡大します。
代用食(節米料理とも)とは不足する米の代わりとなる食材を用い、米の消費量を減らす目的で食べられたもので、大体は芋や根菜類が当てられました。ご飯に混ぜ物をしてご飯の消費量を減らすいわゆる「かてめし」は江戸時代以前より農村で行われていましたが、戦時中はより深刻になり、殆どが代用食という具合でした。
当時を体験した方の話では戦時中でも昭和18年から19年初めまではまだ余裕があったそうですが、そのころを境に次第に食糧事情が厳しくなり、昭和20年にはほぼ米など食えず終戦直後が一番厳しかったそうです。
この本は代用食である芋や南瓜を使っていかに美味しく食うかを記したレシピ本で、サツマイモ・ジャガイモ・カボチャの3種について栄養面や利点での解説と各10種のレシピを紹介しています。
本・・・と言っても現在では冊子と言うべき代物ですが、物資の無い当時はこれが精一杯だったのでしょう。
代用食002
サツマイモの代用食レシピ。かてめしの一つの甘藷飯。米麦とサツマイモ半々という分量で書かれていますが、米と麦の割合も半々くらいだったでしょうから、実質米の量は1/4くらいだったのでしょうか。もっと少なかったかもしれません。
代用食003
その他のサツマイモの代用食レシピ。「茹鶏卵いも」とか「蒲鉾いも」とかのレシピがあり、卵も蒲鉾も当時は高級品だったのでは!?と思いましたが、レシピを読むとサツマイモを使ってゆで卵や蒲鉾に見立てた代用食・・・
代用食004
次はジャガイモの代用食レシピ。基本のジャガイモ飯に加え、今でもある粉吹きいも(今と違って塩味しかない侘しいものですが)やジャガイモを使った味噌やらパンなど今では想像しがたいレシピもあります。
しかし、馬鈴薯飯の解説の「だまって出すと馬鈴薯の混入していることに気付かぬほどの御飯が出来る」という文がまた・・・
代用食005
ジャガイモの代用食レシピその2。その中の「馬鈴薯のハンガリー煮」という一つだけやたらハイカラなメニューに興味が。材料にトマト・タマネギ・スープまたは出汁・塩・コショウ・油とありますが、トマトやらスープやらコショウって手に入ったのだろうか。
代用食007
最後にカボチャの代用食レシピ。カボチャは育てたことがある人には分かるでしょうが、土地があれば放置しておいても大抵育ち実をつけるくらい強健な作物で畑だと伸びた蔓が畔を越え隣の畑へと進入して実をつけることもよくあります。
しかも栄養もあり甘くて美味しく保存もきくとなれば作らないわけはないはずで、戦時中からほぼ国策的な形で盛んに都市部でも空き地や庭先を利用してカボチャが栽培されました。
終戦直後の食糧難でもカボチャは重要な食材であり、この本の解説でもカボチャ大いに食すべしと書いてあります。
もっとも戦争末期から終戦直後は嫌でもカボチャばかり食わざるを得ない状態だったんでしょうけど…
そのカボチャの代用食の最初はやはり基本の南瓜飯で、
代用食008
白和えや種を揚げたもの、カボチャを使ったゼリーのようなもの、そしてカボチャのパンなど多種多様なレシピです。
当時の主婦は限られた乏しい食材からなんとか美味しい料理を作ろうと苦労したんですね。
ところで「この世界の片隅に」には終戦直後、立ち寄った闇市で「残飯シチュー」を食すシーンがあります。
残飯シチューとは進駐軍の食堂から出た残飯を業者が引き取り一緒くたに煮込み直してシチューっぽいものに仕立てた料理ですが、当時ではお目にかかれない肉やまともな野菜が入っていて美味しかったという話を聞きました。
ただ、作中にも表現されてましたが、包装のアルミ箔のついたままのチーズや煙草の空き箱など食えないものも混ざっていたようで…。残飯で得体のしれないものが入っているけど、まずまともには食えない肉が入っている残飯シチューがいいか、食材は貧しいが安全性に関しては多少なりともマシな自宅で作る代用食がいいか・・・。
とにもかくにもまともなメシが食える現代には感謝感謝ですね。
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コメント

私の父親は、食べるものが無くてかぼちゃの茎を食べてたと言ってました。
また、配給された小麦粉をパンに焼いてもらうために近くのパン屋に持って行く途中に転んでしまい、ご飯にありつけなかったとも言ってました。食べ物を粗末にしたら罰が当たると思います。

kanさま

戦時中の話に欠かせないものに食料問題がありますね。うちは農家でそこまで深刻ではなかったようですがそれでも苦労はしたそうです。食い物に困らないというのは本当にありがたい話です。

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