古写真・三式戦闘機「飛燕」 四式戦闘機「疾風」(「航空朝日」昭和20年1月号より)

飛燕・疾風
※サムネイルのクリックで画像が拡大します。
航空朝日昭和20年1月号に掲載された三式戦闘機・飛燕と四式戦闘機・疾風の写真です。
三式戦闘機・飛燕はドイツのダイムラー・ベンツ社製のエンジンをもとに開発した液冷エンジンを搭載した戦闘機で、先細りの機首が特徴の機体でした。
昭和17年より生産が開始され、太平洋戦線の各地にて参戦し戦争末期には迎撃機としても使用されました。
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現在、1機のみが完全な形で現存し、知覧特攻平和会館に展示されていましたが、修復のため移動し2016年に神戸にて修復完了した飛燕が披露され、その後、かがみはら航空宇宙科学博物館に展示予定となっています。
※写真は管理人が撮影した神戸ポートターミナルにて展示されていた飛燕。

四式戦闘機・疾風は昭和18年に開発完了し、その性能の高さから終戦までのわずか2年の間に3500機余りの数が生産された中島飛行機の集大成と言われた戦闘機です。決戦機として陸軍の航空部隊の多くで四式戦闘機への機種変換が行われましたが、戦局を大きく覆すものではありませんでした。
写真の四式戦闘機は昭和19年10月に所沢陸軍飛行場にて初公開された飛行第73戦隊所属の機体で、尾翼には3本の赤いストライプの部隊マークが描かれています。
飛行第73戦隊は昭和19年5月に三重県伊勢市の明野陸軍飛行学校にて編成された航空隊で、昭和19年10月に所沢に移転しており、その際に公開されたものと思われます。後、南方戦線にて参戦しましたが、多くが失われ、さらには特攻隊にも参加するなどして昭和20年3月には解隊されています。
現在、知覧特攻平和会館に展示されている1機が唯一現存する四式戦闘機となっています。

これら飛燕と疾風ですが、絵葉書では多く見かける一式戦闘機・隼や二式単座戦闘機・鍾馗と比べてまず見かけることはありません。この航空朝日は専門雑誌ではあるものの、市販されていたものですし当時のニュース映画にも飛燕や疾風は普通に写されていますし飛燕は三銭切手の図案にも使われているので機密扱いでは無かったとは思いますが、別ページに掲載されている海軍機の銀河や天山を含め、何故絵葉書関連では数が極端に少ないのか疑問に思うところです。

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