古絵葉書・園部城跡(大正時代頃)

園部城跡001
園部城は1619年(元和5年)に小出吉親により築かれた園部陣屋を始まりとし、以後江戸幕府260年間に渡り代々小出氏が園部藩の藩主を務めました。
慶応4年、京都に近く山陰道の守りの要だった園部陣屋は幕末の動乱に対応するため、既存の陣屋をより城郭としての防御力を持たせるための改修を新政府に申し出、許可されると普請を開始。明治2年に櫓門3か所、巽櫓、小麦山の三重櫓が完成。日本における最後の城郭建築となりました。
明治5年、現存する本丸櫓門・付属番所・巽櫓・土塀を除き多くの建物は移築されるか取り壊されました。
その後、本丸敷地は船井郡立高等女学校の敷地として利用。この絵葉書は女学校時代のもので、大正時代に撮影されたものです。
絵葉書には現存する櫓門・番所・土塀・巽櫓が写ってますが、櫓門の奥に屋敷のような建物が写ってます。船井郡立高等女学校の校舎ですが、もしかしたら、旧園部城の本丸御殿を再利用したのかもしれません。
また、現在は失われている多聞櫓風の建物が左手前に写ってます。絵図によると「鐘場」とあり、奥にある剣道場と繋がる建物だったようです。
園部城跡2
現在の園部城跡。現在園部城の本丸跡地は園部高校の敷地となり御殿建物は完全に失われてますが、櫓門は高校の校門として利用され、巽櫓・番所・土塀も当時のまま保存されています。櫓門の手前にあった「鐘場」は残念ながら失われ、現在はテニスコートになっています。

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