古絵葉書・観覧艦 軍艦吾妻絵葉書

軍艦吾妻絵葉書001
装甲巡洋艦・吾妻は明治33年にフランスのロワール社のサン・ナゼール造船所にて竣工し日本海軍が購入した軍艦です。
日露戦争では蔚山沖海戦と日本海海戦に参加。明治45年からは少尉候補生の練習艦として使用されていましたが、第一次世界大戦にも参加しています。
大正10年に海防艦となり、舞鶴機関学校の練習艦として使用。太平洋戦争中の昭和19年に老朽化により除籍・解体されました。
舞鶴機関学校所属練習艦時代は一般市民向けにも公開され、艦内は様々な展示がされていたようです。
この絵葉書は観覧記念として販売されていたもので、外袋には昭和8年6月6日付の記念スタンプが押されており、中には6枚の絵葉書が入っています。
以下に絵葉書を紹介します。「続きを読む」からご覧ください。
軍艦吾妻絵葉書002
殺到する観覧団体。
吾妻の見学に来た団体客が艦内に入ろうと列を成してます。
格好から学生でしょうか。修学旅行生かもしれません。
軍艦吾妻絵葉書003
長官公室。
さすがに公室は雑多な展示はされておらず、当時のままの気品ある内装を保っています。
掲げられている絵画は日露戦争で参加した海戦を描いたものと思われます。
軍艦吾妻絵葉書007
士官室陳列の一部。
士官室は展示室にされていたようです。歴代艦長等の写真のほかに、戦艦長門・重巡洋艦那智・航空母艦赤城の主力艦の模型が展示されています。右のテーブルには「杉野家出品」の札かあります。旅順港閉塞作戦で広瀬大尉とともに戦死した杉野兵曹長の遺族からの遺品の展示物でしょうか。
軍艦吾妻絵葉書004
日露戦争時艦長たりし藤井大将の記念品。
当時、吾妻艦長だった藤井較一大佐は敗走したバルチック艦隊の残存艦を追撃し逃走を防ぐなどの活躍を見せました。
藤井元艦長は大正5年に海軍大将に昇進しました。
軍艦吾妻絵葉書005
艦内に陳列せる潜望鏡。
吾妻艦内には潜水艦の展示もあったようです。潜望鏡を覗く女性は女学生でしょうか。
軍艦の見学は男性だけでなくこういった女性も多く見学し、少女小説家で有名な吉屋信子も戦艦比叡の体験航海に参加した時のことをエッセイに書いており、比叡の乗員はとても親切だったと書いています。
軍艦吾妻絵葉書006
各種弾丸の比較。
36センチおよび40センチ徹甲弾等が置かれています。40センチ砲弾は当時日本海軍最大かつ日本海軍の象徴だった長門型戦艦の主砲弾。案内の水兵さんと比べても相当な大きさであることが分かります。この頃はまだ大和型戦艦は完成しておりませんが、大和型戦艦の46センチ砲弾はそれこそ背丈くらいはあったのでしょう。

上記の通り、吾妻は老朽化により昭和19年に解体されましたが、時鐘はJMU舞鶴事業所舞鶴館(旧舞鶴海軍工廠本館)に、主錨は京都の乃木神社に保存されています。
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