古絵葉書・日本徴兵保険株式会社新築記念絵葉書(鹿鳴館・帝国ホテル)

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日本徴兵保険株式会社は2008年に破綻した大和生命の前身の保険会社で、昭和5年に東京麹町の旧華族会館の敷地を買い取り本社が新築されました。この絵葉書はそれを記念して発行されたものです。
日本徴兵保険002
日本徴兵保険株式会社の本社ビルき遠景。右隣にはかつて鹿鳴館だった旧華族会館そして左隣にはフランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテルが建っています。
明治の文明開化の象徴であった鹿鳴館は旧薩摩藩邸跡地にてお雇い外国人のジョサイア・コンドル設計により明治16年に完成。煉瓦造2階建ての洋館は大食堂・談話室・図書室・バー・撞球場があり、幕末に締結させられた不平等条約の解消と欧米列強と肩を並べるために連日外国の賓客を招いて催されたパーティーは所謂「鹿鳴館外交」と呼ばれました。
しかし、鹿鳴館外交を進めた外務大臣・井上馨の失脚により鹿鳴館時代はわずか4年で幕を閉じ、その後宮内省に払い下げられ華族会館として使用。そして昭和2年に日本徴兵保険株式会社に鹿鳴館の建物ごと敷地が売却されましたが、鹿鳴館の建物は壊されず残されました。しかし、昭和15年に保存運動もありましたが取り壊されました。絵葉書にも写る正門であった旧薩摩藩邸の表門は文化財として保存されていましたが空襲で焼失し、鹿鳴館時代を偲ばせる建物はすべて失われました。

以下に新築された日本徴兵保険株式会社の本社屋の絵葉書を紹介します。「続きを読む」からご覧ください。
日本徴兵保険003
日本徴兵保険株式会社の本社屋は昭和5年に横河工務所の設計により建てられました。
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事務室の様子。
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会議室。中央の柱が象徴的です。
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重役室。
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本社屋新築の案内。
日本徴兵保険株式会社は戦後に大和生命と改名しこの本社ビルもそのまま使われましたが、昭和40年代頃に隣の帝国ホテルと同じく取り壊されました。かつて建ち並んだ明治・大正・昭和の名建築を見ることはもうできません。
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