古絵葉書・舞鶴 海軍機関学校生徒館

海軍機関学校001
海軍機関学校は、海軍の機関科に所属する将校を養成する学校で、海軍兵学校・海軍経理学校と合わせて「海軍三校」と呼ばれました。
海軍機関学校の始まりは、明治7年横須賀に置かれた海軍兵学寮の分校で、明治14年に海軍機関学校の名称となりました。
その後しばらく横須賀にありましたが、大正12年の関東大震災により校舎が大きな被害を受けたため、昭和3年に舞鶴へと移転しました。
写真は舞鶴移転後の海軍機関学校生徒館の絵葉書。昭和5年の建築です。
舞鶴海軍機関学校
こちらは紹介済みの海軍機関学校大講堂から庁舎方面を撮影した写真。上の生徒館は昭和11年舞鶴要塞司令部検閲済み、下の写真は昭和5年舞鶴要塞司令部検閲済みとなっており、奥に写る生徒館と比べると下の絵葉書の生徒間の両翼端にはL字型に曲がった部分が無く、完成から昭和11年までの間に増築されていることが分かります。
海軍機関学校は終戦による海軍の解体とともに閉校。しかし海軍機関学校の建物群は舞鶴地方総監部と第四術科学校として引き継がれ、海軍機関学校時代の貴重な近代化遺産の建物群が現在も多く残されています。
海軍機関学校生徒館は第四術科学校の庁舎、海軍機関学校庁舎は舞鶴地方総監部庁舎として使用されています。

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