古写真・初代 摂津(摂津艦)

摂津艦001
初代摂津(摂津艦)は元々は1854年にアメリカで進水し、南北戦争時での北軍砲艦「コヤホッグ」だった艦で、その後民間に売却されていたものを明治となる直前の幕末、慶応4年6月に明治新政府が購入。「摂津」と命名されました。
明治元年1月に「摂津丸」と改名。明治新政府の船籍でしたが、広島藩に借与されました。
明治4年、広島藩から返還された摂津丸は、「一番貯蓄船」と改名されますが、明治7年再び「摂津」と改名されました。
摂津は練習艦として初代海軍省の内堀(現・築地市場付近)に係留され、その後は海軍兵学校の練習艦として使用された後、海軍兵学校の移転に伴い、明治21年に除籍・売却されました。
摂津艦は明治以前に建造され、幕末に明治新政府が購入した艦であり、ほぼ練習艦という生涯でしたが、海軍創成期でもごく初期の艦として、古写真は貴重な資料となりえると思います。
ちなみに、この古写真の摂津艦は上記にもある通り、築地にあった初代海軍省の内堀に係留されている姿を撮影したもので、その点から見ても貴重な資料と言えます。
築地海軍省002
築地にあった初代海軍省は、明治5年に旧尾張藩邸に建てられ、その姿は瓦屋根に海鼠壁という擬洋風建築でもより和風に近い姿でしたが、それでも当時はモダンに見え、文明開化の象徴として多くの錦絵に描かれました。
この初代庁舎は明治17年に取り壊され、海軍省は明治28年に霞が関に完成した2代目の赤煉瓦庁舎へ移転しました。
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